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からだポカポカ計画

KANROよりジンジャーシロップ しょうがのど飴[魚拓]が発売され、すっかりハマっている今日このごろ。
キャンディーの中心にジンジャーシロップのペーストが入っているので、つい、カリカリと噛んでしまい、気づけば口の中に常に入っている状況だったりする(肥るゾ!&でも発売中止にはならないで欲しい〜w)

ジンジャーシロップ・しょうが飴


ジンジャーシロップとは簡単にいえば、「生姜に砂糖、はちみつ、香辛料等を加えて煮込んだシロップ」であるという。このキャンディーを口に入れてから温かい飲み物を口に流し入れると、口中がぽかぽか暖まるような気がしてならない。これはおそらく生姜の影響であろう。生姜を大量に食べるのは少々ムリがあるが、この生姜シロップならば何とか食べられるのではないだろうか?と考えたMyrthaは早速、Google先生にレシピについてお伺いを立てた。

作り方はいくつかあるものの、生姜と砂糖が基本で、あとはそこに蜂蜜や数種類の香辛料を加えたり加えなかったりというヴァリエーションのようだ。
これならば何とか作れそうだ!
と、いうことで、いくつかのサイトを参考にした結果、今回は糸井重里のサイト・ほぼ日刊イトイ新聞のレシピによって作ることにした。

まずは材料を用意する。今回は試作品ということもあり、書かれている分量の半分で作ることにした。
 ・生姜450g
 ・きび砂糖450g(なければてんさい糖でも黒砂糖でも普通の砂糖でも問題はないだろう)
 ・レモン汁1/2個分
 ・水250cc
 ・ローリエ1枚
 ・クローブ3粒
 ・シナモン1本
 ・カルダモン3粒(今回は自宅にあったカルダモンパウダーを代用w)

生姜シロップ


生姜をよく洗い、皮をむいたら2〜4mm位の厚さにスライスし、ざっと水洗いしてアクを取る。
出汁パック(お茶パック?)にローリエ・クローブ・シナモン・カルダモンパウダーを入れる。
 ※カルダモンの実を使う場合は皮をむいて中身のみ使うらしい。
レモンは搾っておくことを忘れずに!

生姜シロップ


生姜を鍋に移し、同量のきび砂糖をまぶしたら少し混ぜる。

生姜シロップ


お茶パックに入れた香辛料も投入し、レモン汁を入れたら、そのまま30分以上置いておく。

10_01_22-21_20生姜シロップ4


30分経過した様子。味見をしてみると、早くも生姜シロップの味がします!

生姜シロップ


水を250ccを加えたらよく混ぜる。

生姜シロップ


最初は強火にし、沸騰したら弱火にして40分ほど煮詰める。
この間、丁寧にアクを取ることも忘れずに!

生姜シロップ


40分ほど煮たら、火を止めてそのまま室温になるまで冷ます。
冷めたら茶こしなどで漉しつつ容器に入れる。
これでシロップは完成!

生姜シロップ


鍋に残されたスライス生姜をクッキングペーパーに並べ、半乾きになるまで電子レンジで加熱する(本当は天日干しにするのがよいそうですが、今回は手抜きw)

生姜シロップ


半乾きになったスライス生姜をボウルに移してグラニュー糖をまぶして、生姜チップのできあがり!

生姜シロップ


生姜シロップ&生姜チップの完成図ナリ☆

生姜シロップ


シロップは夏なら炭酸水で割ってジンジャーエールに出来ますが、冬は温かい紅茶(ミルクティーに入れても可)やホットミルクに入れると身体の芯から温まり、生姜チップもおやつ感覚で食べるとこれまた身体が温まります。
まだまだ寒い冬の続く季節ですが、これで寒さをしのげそうです♪
(´-`).。oO( ついでに低体温・低血圧・低脳と三拍子そろった体質の改善にもならないかしら…? )

みなさんもゼヒお試しあれ♪


イトイ式しょうがシロップの詳細レシピはこちらから

20XX年宇宙への旅

宇宙の歴史を1年で表すと46億年前に誕生した地球は8月になってしまうそうですが、文部科学省のサイトを逍遙していたら、その悠久の時をほこる宇宙に打ち上げた衛星から地球を見ようというコーナーがあったのでやってみた。
以下その様子ナリ。

宇宙ワンダー


どうやら今回のプロジェクトはにSATELLAなる人工知能をもった衛星をロケットで飛ばそうというもののようです。
名前を入力し…

宇宙ワンダー


第一のミッション。
これはロケットを打ち上げるにあたり、重力がどのようにかかってくるかということを実験します。

宇宙ワンダー


第二のミッション。
こんどはロケットを打ち上げるにあたり、燃料をどのように搭載し、いつどのような時にからになった燃料タンクを切り離していくかということの説明を受けます。

宇宙ワンダー


いよいよ種子島宇宙センターから打ち上げのカウントダウンが始まり、ロケットが発射されます。

宇宙ワンダー


衛星フェアリングが切り離され…

宇宙ワンダー


SATELLAを乗せた人工衛星から地球の写真が送られてきます。
どうやら今回の写真は、エジプト・イスラエルの国境の辺りのようです。
紛争地帯とは信じられない美しさですネ!

宇宙ワンダー


美しい地球の映像が映し出され…

宇宙ワンダー


宇宙戦艦ヤマトちっくな最後でこのミッション(ゲーム?)は終わります。

宇宙ワンダー


他にも深海を旅できる「深海ワンダー」や、南極を探検できる「南極ワンダー」もありますが、文部科学省がこのように遊べるサイトを作っていたとはちょっぴり驚きです。
一体全体サイト作成にいくら使ったのだろう…?などと言ってはなりませぬな。教育とはすべからく阿堵物と時間のかかるものですからネ!


宇宙に向けて衛星を飛ばしてみる(音量注意!)

Myrthaのミッションレポートはこちら
※ここから宇宙から地球の様子を撮影した日替わり写真が見らっれますが、「軌道に乗せた時刻」はミッションレポートを開いた時刻に変わってしまうようです。

ジレンマ

美味しい蕎麦は食べたし、されどその元気と健康は無し。

このジレンマをどう料理したがよかろうか…?

煩悩は尽きず。合掌(-人-)

恭頌新禧

橙の 玉を頂き 鏡餠 (自得)

昨年は大変お世話になりました。
年明けて、少々風邪っぽいMyrthaですが、今年も弊Blog共々よろしくお願い申し上げます。
みなさまにおかれましてはよき一年となりますよう、心からお祈り申し上げます。

ところで、1年を占うには易占いなぞは如何でしょうか?
生半可な気持ちで占うとキケンもあるものの、1年間を占うにはふさわしいのではないでしょうか?
ちなみにワタクシMyrthaは「雷地豫」と出ましたので今年は変化運の年となりそうです。
どうか、その変化がよい方へ動きますように(-人-)


                                        平成庚寅 正月 Myrtha 拝
易占いをやってみる

歳晩書懐

年惜しむ 心うれひに 變わりけり (高浜 虚子)

今年も1年間様々なことがありました。

相変わらず身体は痛かったり(原因不明・治療法なしのアレね)、
感染症を繰り返したり、胃潰瘍を初体験したり   
モチロン、病気にかかりつつもよく遊び、よく美味を食べ、大いに楽しみました。

これもぐうたらMyrthaに毎月給料を出してくれる奇特な会社あってのことです。
そしてこの不定期ぐうたら日記を続けられたのも、読みに来て下さるみなさまあってのことです。

今年一年ありがとうございました&来年もよろしくお願いします(-人-)

来年もみなさまにとってもよい年でありますように

                                      平成己丑 師走 Myrtha 拝

アナトリア旅游7・セルチュク篇(上)

7日目。
カナリアのさえずりのような声が耳に流れ込み、目が覚めた。
聞こえてくる透き通るようなソプラノの歌声の主はHomeros Pensionのシスター・オヤであるらしい。

身支度を整えてポエ爺と階上のテラスへ行くと朝食を出された。
そのメニューを見たとたん、私は少々不安になった。
「これは朝食だよね??」と。。。

Homeros朝食


見ての通り、果物ばかり!
例によってメニューを書き出してみよう。
ゆで卵・瓜系の果物・スイカ・オレンジ・バナナ・トマト・モモ・青リンゴ・チェリー・白ブドウ・人参・胡瓜・マーガリン・イチゴジャム・チーズ。そして左上のバスケットに入ったエキメックとチャイ。
皿の上に盛られた果物の山。山。山。
何かが何か、間違っているような気がしつつも、お腹いっぱいになるのだろうかと不安になりつつも、パクパクと果物を口に運んでいくと、果物の糖分故か、不思議とお腹がいっぱいになった。和食の朝食とは異なり、果物のやさしい甘さでお腹が満たされていくような感じだ。果物の朝食もよいかもしれないと、新しい発見をしたMyrthaであった。

今日は、アナトリア最大の古代都市遺跡・エフェソス遺跡群(Efes Harabesi)の見学に行くことになっている。シスター・オヤの弟君・ダルヴィッシュ氏に車でエフェソス遺跡群の入り口まで送ってもらい、入場料(10YTL)を支払い、いよいよ遺跡内部へ   

南入口から中へ入り、オディオン(音楽堂)や上のアゴラ(公共建築が立ち並ぶ政治的な場所)を通過して、ヘラクレスの門とよばれる凱旋門からケルスス図書館付近までつづくメイン・ストリートのクレテス通りの入口手前の遺跡の上から通り全体を遠望すると   

エフェソス遺跡群


入口付近にもかかわらず、かなりな人影が見られる。大丈夫かな?日本の美術館のように黒山の人だかりにより、遺跡が見えないということはないよね?少々心配になるMyrthaであった。

獅子の毛皮をまとうヘラクレスの彫像が施された凱旋門を通り過ぎ、1世紀に建造されたというメミウスの記念碑を通過した。この都市に貢献のあったとされるメミウスは高名なローマの独裁官スラの孫にあたる人物だという。

エフェソス遺跡群


ドミティアヌス神殿(エフェソスがローマ帝國と友好関係を維持するために暴君・ドミティアヌス帝に捧げた神殿)や水宮殿を通り過ぎると、観光客の群がる一角があり、覗いてみると、そこには勝利の女神・ニケの像があった。この像は写真で見る限りでは小さそうに思えるが、高さが70〜80cmもある大きな石像だ。地面に置かれているこの石像は旧時、どのようなところに使われていたのだろうか?

エフェソス遺跡群


トラヤヌスの泉。
トラヤヌス帝(AD53〜117)は古代ローマ帝政前期(プリンキパートゥス)の皇帝で、五賢帝の2番目にあたる人物だ。彼の時代に帝國版図は最大になり、最善の国家元首と謳われたという。そのトラヤヌス帝に捧げられた泉だ。(しかし人が多いなぁ…)

エフェソス遺跡群


ハドリアヌス神殿の正面入口。
ローマ帝国五賢帝の3番目にあたるハドリアヌス帝に捧げられたコリント式の神殿であり、女神ティケやメドゥーサの彫刻、その他にも神々や皇帝の姿を賑やかに彫りつけたレリーフが美しい神殿だ。
ハドリアヌス帝(AD76〜138)はトラヤヌス帝の次に就任した皇帝で、トラヤヌス帝同様にパークス・ロマーナ(ローマの平和)の繁栄を現出した君主だ。帝國の拡大路線はとらなかったものの、2度にわたって広大な領土を巡回し、イギリス北部にはハドリアヌスの長城が残っているという。こちらもいずれは見てみたいものだ。(本当に人が多いなぁ…)

エフェソス遺跡群


高級住宅地の一角にある娼婦窟を見学し、水洗式公衆トイレも見学。
ローマの公衆トイレは和式のようにしゃがむ式ではなく、腰掛ける式のものだったようだ。写真を見る限りでは、衝立はなく、したがって個室にはなっていないようだが、音楽演奏もなされていたらしいので、皆で用を足しながらおおらかに語らい、音楽に耳を傾けていたのだろうか?

エフェソス遺跡群


ケルスス図書館入口。
アジア州総督ケルススを記念してその息子が2世紀に建立したという。前面がコリント式の柱を持つ華麗な作りで、正面向かって左から、英知・徳性・思慮・学術を表す女神の像が配置され、蔵書数12万冊を誇り、アレキサンドリアの図書館、ペルガモンの図書館と並ぶかつての世界三大図書館の一つに数えられていたが、ゴート人の襲撃によって焼失され、今はファザードが残されるのみ。4体の女神像は複製品が置かれ、観光客が共に写真を撮る場所となっていた。(写真右側は、マゼウスとミトリダテスの門)

エフェソス遺跡群


商店が建ち並び、活気あふれる庶民生活の場であった下アゴラの一角を見学し(立入禁止になっていた)

エフェソス遺跡群


港湾へつづく列柱回廊を見学。

エフェソス遺跡群


クレテス通りを右に曲がり、マーブル通りを通って野外劇場へ。
野外劇場は1〜2世紀にピオンの丘(パナユル山)の斜面に築かれた収容人数24000人という大規模なものだ。貴賓席は残されていないものの、観客席の上からは今は埋まってしまった古代の港湾跡などが見渡せる。(時間が経つにつれて人が増えていますなぁ。。。)

エフェソス遺跡群


その他にも、体操場や入浴場、石棺を見学するも、転がっている石の数よりも観光客の方が多く、写真を撮っていると平気で前を過ぎられるのには弱った。「撮影している人の前は通らないように」ということに注意しているのは日本人くらいなのではあるまいか?

エフェソス遺跡群から小山を2つ3つ越えたところにあるビュルビュル山中には、聖母マリアがキリスト亡き後の晩年を過ごしたという「聖母マリアの家(Meryemana)」が残されており、今も敬虔なクリスチャンが訪れ、ミサが行われているという。行ってみたいとポエ爺に相談したところ、「また今度ね♪」とあっさりとかわされてしまったorz

エフェソス遺跡群を出て、セルチュクの町へ帰るために、てくてくと真昼の道を歩く。
路上に人はなく、時々、果物売りの自動車が止まっていたり、コイン売りの老人が木陰に腰掛けていたりする程度だ。ポエ爺の話によると、コイン売りというのは所謂ホームレス・乞食の類であるそうな。ただし、乞食にも乞食のプライドがあるらしく、ただで金品をもらおうとは考えず、年代物(の偽物)コインを売る代償としてお金をもらう、というスタイルをとっており、乞食もひとつの職業として成り立っているとのこと。

途中、身の丈よりも高い草の生い茂る一画があった。ふらりと立ち寄ってみると、そこにあったのは古めかしい一本の柱であった。

アルテミス神殿跡

この柱は古代世界の七不思議のひとつとして数えられる「アルテミス神殿」のものである。
アルテミス神殿は、紀元前6世紀頃のアケメネス朝ペルシア統治下で女神・アルテミスを祭るために建立された世界初の総大理石の神殿で、奥行き110m、幅55mの威容を誇り、127本の列柱がそびえ立ち、アテネのパルテノン神殿が内部に納まるほど巨大なものであったという。

紀元前356年、「自分の名を後世に残したい」と企んだヘラクレイトスという男の放火によって一度は消失したが、再建され、3世紀にゴート人の侵入によって破壊されてからは修復されずに荒れ果てたという。石材はほかの建築物を建てるために持ち運ばれ、現在は基礎部分が湿地帯に埋もれ、残された一本の柱の上にコウノトリが巣を作るばかりだ。
栄枯盛衰の儚さを垣間見たような気にさせられた。

アルテミス神殿跡

アルテミス神殿跡の後方に見えるのは、イサベイ・ジャミィと聖ヨハネ教会跡、セルジューク時代のアヤ・ソルクの城塞だという。明日はあの辺りを歩いてみようとポエ爺と話し合い、アルテミス神殿跡を後にした。

フト、今は昼の2時頃だろうかと時計に目をやると、16時を過ぎていた。少々遅い昼食であり、少々早い夕食でもあるが、食事にしようということでセルチュク市内のレストランに入った。

セルチュク食事

ガラスケースのテプシー(保温器)に料理の並べられているロカンタ(レストラン)で料理を指差して注文し、遺跡を見るのに夢中で食べ忘れていた食事をとることにした。
今回のメニューは、ピラフ・鶏肉とマッシュルームの煮物・トマトと青唐辛子・フライドポテト&フライド茄子のヨーグルトがけ・サラダ(ドレッシングはなく、レモン汁をかけて食べる)・Efesビール・エクメック・チャイだ。これだけたくさんの料理を食べて一人分の料金が14YTLであるから、物価が上昇しているとはいえ、地方都市はまだまだ安いといえるだろう。

ホメロス・ペンションに戻る途中、商店で水やワイン、クラッカーを購入し、オトガル(バス・ターミナル)の露店で白ブドウや桃を購入する。

セルチュク露店

露店には果物ばかりではなく、トマトや茄子、さまざまな形をした青唐辛子の類も売られている。

セルチュク露店


ペンションの部屋に戻り、1日の汗を流して屋上に上がると、星々が瞬いていた。先ほど買った白ブドウを食しつつ、ポエ爺と天体観測を楽しみ、さらに階下の中庭でチーズとワインを楽しんでいると、ダルヴィッシュ氏も姿を現し、共にワインを楽しむ。
傍らには上機嫌で詩を賦すポエ爺の姿があった   


※トルコ旅行ひとくちメモ
トルコ共和国は政教分離を標榜する三権の分立した国家ではあるが、国民の9割以上はイスラム教スンニ派であるというイスラム教国である。しかしながらエーゲ海沿岸の旧イオニア地方の諸都市では少ないながらもキリスト教徒が存在している。特に聖母マリアが晩年を過ごした地域であるが故か、聖マリア信仰が根強く残っているのが特徴だ。Homeros Pensionの元気姐さんのオヤさんが「シスター・オヤ」と呼ばれているのもキリスト教徒であることに由来するようだ。

お知らせ

重大なる情報を得ましたので、ココにお知らせします。


クリスマス中止


そんなわけで今年もクリスマスは中止されるようです。
イエ。ナニ。
なまじクリスマスなぞが行われては喪女のMyrthaが大泣きするのでこれでよいのです。
内心では中止が決定されてほっとしております。

しかしこのネタを職場で言ったらみんな真に受けて信じ込んでいたなぁ。。。
どんだけ冗談の通じない職場なのだ?!


ステキさ加減から言えばbogusnewsもなかなかのものですが、年年、「中止宣言」が早まっていないか??

こんなこともあろうかと

1週間そこそこで再生数33万回はすごい!

探査機はやぶさにおける、日本技術者の変態力


うーん。
設計と運用がすごい。。。
多少の誤りなども含まれているようですが、こういった技術力と十重二十重の危機管理を垣間見ると
日本ってやっぱり変態(いい意味でw)なのだなぁと再確認させられてしまいます。

来年の6月に「おかえりなさい」とはやぶさタンに言いたいなぁ。。。


とりあえず、中止勧告を出している民主党や議員には「ばかめと言ってやれ」ば良いと思いますw
技術立国を否定してどうするのですか・・・(-_-;)


2010年2月1日追記
英語翻訳版がYoutubeにUPされていました。
Japanese engineers' geeky power in the spacecraft Hayabusa

25000円かぁ…

1ヶ月以上更新を怠ったため、例の如くFC2によって下図のような広告が出されました。
トルコ旅行のことを書いているせいか全てトルコ旅行に関する広告になっていますが、これを見ると
東京=トルコ間の格安航空券が25000円かぁ…
行きたいけれど、イスタンブールは日本でいう東北地方と同じ緯度だから寒いんだよなぁ・・・

Ads-google

Khao Man Kai!

都内に美味しいカオマンガイを出す店があると聞き、水を渡り水を渡り、右を見て左を見て(ようするに迷子になりつつ)訪ね、食べに行ってきた。

カオマンガイはタイ料理だが、もともと中国は海南島で生まれ、シンガポールをはじめアジア各地で食されているチキンライスだ。海南鶏飯とも呼ばれるらしい。
作り方は鶏肉を鍋で茹でてその煮汁で米を炊き、炊きあがったご飯の上に先ほど茹でた鶏肉を乗せるというシンプルなもので、これにソースをかけて食べるのだ。手間のかかる料理故か、そしてその割には見栄えがシンプル=地味wなのが災いしてか、なかなか飲食店では見かけない料理だ。

サテ、場所はJR神田駅西口を出てすぐの目と鼻の先にあった。
店の間口が広くないのでうっかりすると見過ごしてしまいそうなので要注意だ。

手作り感ただようかわいらしいメニューを見ると、カオマンガイの他にカレーや一品料理もあった。
思わず他の料理も注文したくなるが如何せん、Myrthaの胃袋はさほど大きくない。
そしてこの店のカオマンガイの量も不明だ。ここはおとなしくカオマンガイのみを注文しよう。

東京カオマンガイ


このお店のカオマンガイは辛い赤ダレ・甘辛い黒ダレ・レモンダレの3種類から選べるとのことで、今回は赤ダレに挑戦した。

東京カオマンガイ

辛みのある味噌ベースの赤ダレをかけた茹で鶏肉はやわらかくしっとりとしており、タレの辛みが口の中に広がったら、ゆで汁で炊きあげたご飯を食べると出汁の効いたご飯が口中に広がり、何とも幸せな気分になる。
スープも鶏肉を茹でた時のだし汁に調味料を加えた物で、あっさりとしているがきちんとコクもあり、それでもってくどくないという何ともよい味だ。
米は国内産のインディカ米を使っているとの由、ジャポニカ米ほどねばりっこさはなく、本場のタイ米ほどのぱさつき感は無く食べやすかった。

小食故に「小」のカオマンガイを注文したのだが、「並」のカオマンガイでも完食できたのではないかと思えたほどだ。
美味しいカオマンガイと気さくな店員さんに大満足でした。

ゼヒ、また食べに行きたいな♪


東京カオマンガイ
所在地:〒101-0047
      東京都千代田区内神田3-7-8
電   話:03-3255-6055
営業時間:11:00〜23:00(ランチ営業・日曜営業)
定 休 日:不定休(Blog参照

参考:東京カオマンガイ - タイ料理(神田) [食べログ]

君をのせて

久しぶりにニコニコ動画の「エレクト王子」を見てみたら…

「天空の城ラピュタ」を弾いてみた


どうやら2008年にUPされたものらしいですが、相変わらずすごいなぁと思ってしまいます。
思わず「ホンモノの曲をUpしてしまって問題ないの?」と思ってしまいますw
「ジャージで演奏」がトレードマークのようですが、何かいわれはあるのでしょうか?

鯨頭鸛

今日も、ハシビロコウさんは超然と悟りを得た老禅僧の如く、たたずんでいらっしゃいました。

ハシビロコウ


そうしてMyrthaの元にはもう一羽のハシビロぬいぐるみが増えました。

ハシビロコウ


今では小さなハシビロさんと大きなハシビロさんがそろってMyrtha部屋に鎮座しております♪

ハシビロコウ


結論;
ハシビロさんは何回見てもMyrthaを失望させない!

秋のオフ会

こたつ原理主義者さんより「オフ会やろう〜♪」と連絡が入りました。

決定事項は以下の通りです。

日 時:2009年9月24日
場 所:やきとり たがみ
集合場所:JR上野駅不忍池口改札(になるのかしら?)
集合時間:18:00

今現在の参加者;こたつ原理主義者さん,砂原さん,あづさちゃん,Myrtha

なお、秋のオフ会の幹事は砂原の姐さんなわけですが、お店の予約が取れなかった場合、
以下のようになるかも知れないとのことです。

場 所:奄美料理 まれまれ
集合場所:JR新宿駅東口改札
集合時間:18:00

参加を御希望される方は、この記事にレスをつけるか、こちらにコメントをお願いいたします。

みなさま奮って御参加下さいませm(_ _)m

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アナトリア旅游6・パムッカレ篇

夜の帷の下りる中、夢すら見ない深い眠りの中で、突然、肩を揺すられて目覚めさせられた。
寝ぼけ眼で窓の外を見ると、信号の明かりと、自動車のヘッドライトと街灯の明かりが視界に入ってきた。
長距離バスの添乗員が下りろと指さした。
次の目的地に着いたのだろう。慌ててバスを降りた。

6日目。
どうやら着いたのはパムッカレ(Pamukkale=「綿の城」の意)郊外のようだ。市内へ行くため、ミニバスに乗り換えた。
小さな旅行会社前で下ろされ(どうやらバス停も兼ねているらしい)、明るくなるのを待ちつつ、次の目的地であるセルチュク(Selçuk)へのバス乗車券を購入し、辺りが明るくなるのを待った。

am7:20頃。
旅行会社に荷物を置かせてもらい、世界遺産として知られている石灰棚の見物に行った。
入場料として5YTLを支払い、土足禁止とのことなので、水分を含んだ石灰の岩肌の丘陵地帯を素足でペタペタと歩く。途中、小砂利が足の裏のツボを刺激したり、体重をかけ過ぎたため少々痛い思いをしたりしつつ、ひたすら上り坂を歩く。

頂上まで登り切り、眼下を見下ろすとそこには一面に広がる石灰棚があり、その棚のくぼみには空の青さを反映させたかのような美しい色の水が滾々と湧き出ては、いなかった。。。

おかしい!

ポエ爺の方を向き、説明を求めると、「早朝だからまだ水がたまっていないのでは?」と、いともあっさりと言われてしまった。自然遺産として世界遺産に登録されている遺跡が、「早朝は水が溜まりません」などということがあるのだろうか?もしかして人工的に水量を調整しているのだろうか?(そんなことはないと思うけれど…)

石灰棚に水が溜まるまで今少しの時間がかかりそうなので、先にヒエラポリス(Hierapolis=「聖なる都市」の意)都市遺跡群を見ることにした。
まず初めに見たのは野外劇場だ。

ヒエラポリス・劇場

これは客席の一番上から舞台を見たところだ。舞台は一段高くなっているところではなく、最底辺の半円状(かまぼこ状)の所であり、その背後は舞台裏であり、布などで被われていたそうだ。

ヒエラポリス・劇場

この野外劇場は、2世紀のハドリアヌス帝の時に作られた客席数1万席もの大きな劇場だ。ファザードという建物正面のレリーフは豪奢な装飾が施され、皇帝のための大理石で被った貴賓席も残されており、保存状態はかなり良いようだ。
数年前までは遺跡の最下部まで下りられたそうだが、現在は遺跡保全のための囲いが施され、下まで下りられなくなっていた。仕方のないこととはいえ、少々残念な思いのするMyrthaであった。

つづいて、都市区画内の遺跡を見学。
この辺りは未だに発掘調査が続いているらしく、発掘作業&遺跡の修復にいそしむ人々がちらほら見られる。

ヒエラポリス都市遺跡群


不思議なことに、というよりもありがたいことに、一般の観光客が近くまで寄って発掘作業の様子を見学しても全く気にかけるふうでもなく、黙々と作業をこなし、時に笑顔まで返してくれるのだ。

ヒエラポリス都市遺跡群


メインストリートを通り、中央奥にあるビザンティン門を通り抜け、

ヒエラポリス都市遺跡群


ドミティアヌスの門(市北門)を抜けると・・・

ヒエラポリス都市遺跡


そこには死者の町・ネクロポリス(Necropolis)がある。

ヒエラポリス都市遺跡群・ネクロポリス


ネクロポリスはアナトリア最大規模の墓地であり、ヘレニズムからビザンティン時代のものまでおよそ1200基の墓があるという。切妻屋根のものやアーチ状のもの、円形古墳のものや2階建ての墓が地上に表出しており、さながら墓の博物館のようだ。

ヒエラポリス都市遺跡群・ネクロポリス


ヒエラポリスよりも広いのではないかと思われるネクロポリスを後にし、いよいよ石灰棚の見学をしにいくことになった。数時間の時が経ち、石灰棚はどのように変貌しているのだろうか?
まずは真上から見てみると、石灰だけあって岩肌が真っ白に覆われている。

パムッカレ石灰棚


そうして、そろりそろりと見下ろしてみると、そこは   
石灰の白い岩肌に縁取られた、触れれば壊れてしまいそうな繊細な水色の水があふれんばかりに湧き出ていた!

パムッカレ石灰棚

これは美しい青色だ。石灰の白とのコントラストが何とも美しい。
空の青さがくすんで見えるほどの透明感のある水の青さだ。
角度を変えてみてみるとこうなる。

パムッカレ石灰棚


つづいて少々わざとらしく夾竹桃を添えてみるとこうなるw

パムッカレ石灰棚


少々見にくいかも知れないが、これが石灰棚とヒエラポリス遺跡群の全景になる。
地図右下の緑色と石灰の白色の混じった辺りにある小屋が遺跡群への入り口となっている。

パムッカレ地図


自然美と都市遺跡とを堪能し、再び石灰の丘陵地帯を素足で歩き、町へ降りて一休みしていると、妻が日本人だというトルコ人が「我が店にご飯を食べに来ませんか?」と声をかけてきた。
時計を見ればちょうどお昼の時間でもあり、ありがたくお邪魔することにした。

パムッカレ・KALE OTEL RESTAURANTS

KALE OTEL RESTAURANTSではアダナ・ケバブ(挽肉と玉葱をこね固めて焼いたアダナ地方のスパイシーなつくね)とピラフ・サラダのセットと、飲み物としてアイラーン(トルコ風ヨーグルトドリンク)を注文した(案の定、トルコパンのエキメックは食べ放題だw)。
これだけたくさんのピラフがあるにもかかわらずパンが付くというのも奇異な感じがするが、日本では主食の米も、トルコでは野菜として扱われるので、彼らの主食であるパンは必ず付くのだ。

食後、夕方のバスまで時間もあることであり、早朝から動き回ったこともあり、しばしの休息も兼ねて石灰棚を目の前にしてみられる公園(地図でいうならば右下のあたり)へ行き、緑陰でごろりと一休み。仰向けになって寝そべっていると、目前には石灰の丘陵地帯(というよりも白い壁w)が広がり、その頂上では豆粒ほどの大きさにしか見えない人がかすかに動いているのが見て取れる。

フト、寝そべりつつ横を見ると犬も午睡を楽しんでいる。
このように日差しの強いところで寝るには、まずはその暑そうな気ぐるみを脱いだほうがよいのではないかと思ってしまうが、犬は人の気持ちなど関せず、ひたすら午睡を楽しんでいる。
横ではMyrthaとポエ爺も犬に負けまいと午睡を楽しむ。

パムッカレ・Dog


夕刻。
旅行会社に戻り、セルチュク行きのバスに乗る。
今回は短距離移動のため、大型のものではなく、マイクロバスサイズのものだ。
Busの内部はBathの如く暑し。こんな時は東洋の文明の利器・扇子が大いに役立つ。
パタパタと風を送りつつ蒸し暑さをやり過ごし、無謀にも博学なポエ爺相手に「地名しりとり」に挑む。勝負にならないことは初めからわかっていたので、こちらは常に○○共和国などと正式名称を用いつつ善戦するも、あえなく敗北(T_T)

4時間ほどバスに乗ったころだろうか?夕暮れの間近な目的地・セルチュクのオトガルに到着した。
オトガルからほど近くにあるHomeros Pensionに宿を決め、屋上で日没を観賞しつつワイングラスを傾ける。
カッパドキアでの照りつけるような日差しはなく、エーゲ海地方のただただ柔らかな湿度が人々を優しく包み込むかのようだ。この穏やかな気候の中で、明日はどのような珍道中がなされるのであろうか・・・?


※トルコ旅行ひとくちメモ
ヒエラポリスは紀元前190年、ペルガモン王国のエウメネス2世がローマとセレウコス朝との戦いでローマ側につき、戦勝の功労によってこの町を得て発展した。ペルガモンがローマに譲られてからも町は直轄統治領として大いに栄えたが、1世紀初めに大地震に見舞われた。復興の成った2〜3世紀は黄金期であり、現在遺構の残っている大浴場や神殿はこの頃に建てられた物だという。
ビザンティン時代にはキリスト教の重要なセンターとなり、総主教座がおかれたが、町は緩やかに衰退していった。11世紀にトルコ人が進出してくると一帯は戦場となり、14世紀にはセルジュク・トルコの手に渡った。1354年、激震に襲われて人々は四散し、崩壊した町を復興しようとする者はなく、廃墟となった。現在目にすることの出来る遺跡はその頃とほとんど変わってないという。
1988年に自然と遺跡の複合遺産として、ユネスコの世界遺産に登録された。

7月7日

今日は、旧暦の七夕です。
あれ?何か例年よりも遅くない?と思って調べてみたら、

新暦5月24日〜6月22日→旧暦の5月1日〜5月30日
新暦6月23日〜7月21日→旧暦の閏5月1日〜閏5月29日
新暦7月22日〜8月19日→旧暦の6月1日〜6月29日
新暦8月20日〜9月18日→旧暦の7月1日〜7月30日

となっており、でもって、本日8月26日が旧暦の7月7日にあたるのだそうな。
閏月があったため、今年は夏が長かったのだね。。。

I watch!

「2016年 東京での開催を目指す”緑のオリンピック”をガンダムが応援!」とのことで、お台場では「GREEN TOKYO ガンダムプロジェクト」の一環として実物大ガンダムが展示されている!と海外でも注目されているそうですが、ワタクシMyrthaもガンダムに指紋を付けに行ってきました!

潮風公園内の太陽の広場に近寄ると、人山の黒だかりがあり、その向こうに噂の勇姿が聳え立っていた…

ガンダム30th

少しずつ近づいてみると、徐々にその大きさが実感できる   

ガンダム30th


でかっ!

ガンダム30th


真下から見上げるとこんな感じ。
少々トホホ感のあるアングルですが、ガンダムの足の付け根って、こんな作りだったのですね^^;
モチロン足元をなでなでと触り、バッチリと指紋を付けてきました。
雨ざらしだから結構よごれていたなぁ。。。

ガンダム30th

背後からのアングル
ガンダム30th


このプロジェクトは8月31日で終了してしまうそうですが、9月からは全国行脚の展示会を行い、その後は漫画博物館内でシンボル的存在として鎮座して欲しい!とか思いました。
これきりでお終いというのはモッタイナイですよ!

アナトリア旅游5・カッパドキア編(下)

5日目。
昨日と同じメニューの朝食をとり(1ヶ月滞在しても毎日同じなのだろうか?)、食後、昨日お世話になったメフメット夫妻へのプレゼントとして、折り紙で「くす玉」を作る。
海外旅行の際、どうしても言葉のハンディキャップが生じるため、それを補うコミュニケーション・ツールとして「折り紙」を持っていくことにしているのだ。折り紙はいまや「Origami」として世界的にも知られているようであり、プレゼント用に自分で折ってよし、異国で知り合った友と一緒に折ってよしの便利なツールとして、大いにMyrthaを助けてくれるのだ。

am10:00頃。
Peri Hotelをチェックアウトし、ギョレメ村を散策することにした。
下記の写真が2泊3日お世話になった部屋の鍵なのだが、何とレトロな鍵であろう!まるで、いや、どう考えても漫画の中にだけ登場するような鍵だ!そしてこの鍵はMyrthaとポエ爺が別々の部屋に泊まっていたという動かぬ証拠でもあるのですゾ☆

periの鍵


Yama Tourのオフィスに荷物を置かせてもらい、ギョレメ村を逍遙。
そういえば、3日も滞在しておきながら一度も村の中を散策したことはなかったなぁ。。。

村の中を歩いてみると、観光地だけあって、レストランと土産物屋が多い。
トルコ絨毯やガラス食器、ナザール・ボンジュウをふくらませた風鈴のようなものもある。
土産物屋にふらりと足を運んではチャイをごちそうになりつつ世間話(?)をし、またふらりと別の店へ足を向け   
土産物屋で客がお茶をごちそうになり、何も買わずにふらりと店を出てしまっても良いものだろうか…?などと不安に思ってしまうが、ポエ爺は別に気にする風でもなく、「ありがとう」と礼を言っては店を出て、店の主も別段嫌な顔をするふうでもない。せかせかした世界に住む人間としては不安になってしまうが、どうやらこれがこの村の日常のようでもある。ゆっくりとした時間の中で、せかせかせずにおおらかに、ゆったりと生活を送っているようだ。なんともうらやましい話ではないか。

ギョレメ村


トルコのレストランは屋外で食べる方が一般的で、どんなに小さなレストランでも必ずといって良いほど、店の外にテーブルと椅子が置かれている。

ギョレメ村


Yama Tourへ戻り、タウグ・ドネルサンドイッチ(鶏肉と野菜のサンドイッチ)をご馳走になり、Peri Hotelで朝食後に作ったくす玉をプレゼントしたり、しばしの歓談。
「これって、営業妨害じゃないのかなぁ・・・」などと心配しているのはどうやらMyrtha一人だけらしい。
ポエ爺はおろか、メフメットさんもマリコさんも慣れたもので、のんびりとお付き合い下さるのだ。

夕刻。
ポエ爺に誘われて、ギョレメ村のテペ(=丘)に向かう。
住宅街を抜けて坂道を登ることしばし。
目の前が開けたころ。
突然現れたのは、2日間見まわった、あのきのこ岩だった!

ギョレメ・テペ

すごい!
360度大パノラマのきのこの奇岩群にしばしば言葉を失った。
カメラに納められないのが何とも残念だが、それと同時に、360度の大パノラマを自由に見ることの出来る「人間の目」というものの偉大さを感じられずにはいられなかった。

ギョレメ・テペ


ギョレメ村へ目を向けると、そこは夕日を浴びて静かに夜のとばりを待つ村の姿があった。
自然と、人々の生活とが渾然一体となって存在する、不思議な空間だった。
そして、「来て良かった」と思えた瞬間でもあった。
この風景を目にすることが出来たのは、「ポエ爺あってのこと」といっても過言ではないのだ。

ギョレメ・テペ


テペの麓を見れば、そこには馬が飼われていた。
丘を下りて馬を間近で見てみたいが、そこまでの時間はなく、感動を胸にしたまま、静かにテペを下りた。

ギョレメ・テペ


Yama Tourに戻り、お世話になったメフメットさんやマリコ夫人に重ね重ねの礼を述べると、「またいらっしゃい。今度はとっておきの場所に案内するヨ」とのありがたい言葉をいただいた。是非ともまた訪れたいものだ。
ギョレメ村の中心にあるオトガル(バスターミナル)からSüha社の長距離バスに乗って、この、現実世界にあるとは思えない、どこか別世界のように感じられてならないカッパドキアの地を後にした。


※トルコ旅行ひとくちメモ
カッパドキアはとても広いので、観光する際には拠点となる町を決めると良い。たとえば、遠方からのバスの便の多いネヴィシェヒル、カイセリからのアクセスが多く、上級ホテルの多いユルギュップ、川のほとりの静かなアヴァノス、これらの町の中心にあるギョレメがよいだろう。
また、カッパドキアは見所も多いので、見学日程として、丸2日は当てたいところだ。

何とも残念だった・・・

巷では今日は46年ぶりの皆既日食とのことで盛り上がっていましたが、残念ながら雨天・曇天のため、Myrthaは日食を見ることが出来ませんでした。

そこで・・・
ネット上の動画サイトを探してみたところ、やはりありました!
すでに御覧になった方々もいらっしゃるかと思いますが、ここはひとつ記念にということでw

46年ぶりの皆既日食・太平洋上


46年ぶりの皆既日食・硫黄島


大昔だったら、「政治がよろしくないから天が警告を発している」「天変地異の前触れ」などといわれて大騒ぎされているところですが、現代では「天文ショー」として大騒ぎされているようですね。
ワタクシもいつか日食を見てみたいものです♪

日食情報データベースはこちら

何故か…

胃潰瘍になりました。

おなか痛い。。。
因みに仕事上のストレスではないような気がします^^;

アナトリア旅游4・カッパドキア篇(中)

随分と時間がたってしまっていますが、アナトリア旅游の続きおば。
何年かかってもとりあえず書き終えますゾ☆


4日目。
窓から差し込む陽射しのやわらかさに、瞼の奥をくすぐられて目がさめた。

身支度を整えて中庭へ行くと、ぶどう棚の下の椅子に、ポエ爺が腰掛けていた。
ぼんやりと葡萄の木を見上げているさまはまるで・・・
詩でも作っているのかな?
ほうき星のように言葉が頭の中を駆け巡っているとなると、声をかけにくいなぁ・・・
などと思っていると、こちらの気配に気づいてくれた。どうやら、ぼんやりとしていただけのようだ^^;

トルコ・Peri-Hotel

Peri Hotelの朝食は野菜と果物が中心のコンチネンタル風のものだ。

トルコ・Peri朝食

写真の料理(?)を詳しく言うと、
右手前の丸皿が、トマト・胡瓜・白チーズ・黒オリーブの塩漬け・スイカ・バター・蜂蜜・チェリージャム・パイ生地にハッシュドポテトと粉チーズを包んで揚げたシガラ・ボレイ。
左側の皿が、玉子焼き(味付けは塩w)
奥にあるのがエクメック(トルコのパン。食べ放題だw)とエルマ・チャイ(トルコ風アップルティー)
ということになろうか?

食事を終えて、昨日に引き続きYAMA TOURにてカッパドキアの観光ツアーに参加。
今日はカッパドキア北部を観光する予定なのだ。

まずはじめにギョレメ野外博物館へ。
ギョレメ野外博物館には、5世紀から12世紀にかけて迫害から逃れて定住したキリスト教徒が作った30あまりの岩窟教会がある。この写真は修道女の共同住居とのことだが観光客との比較により、その大きさを思うことが出来よう。

トルコ・ギョレメ野外博物館


最初に入ったのがチャルクル・キリセ。
チャルクルとはサンダルを、キリセとは教会を意味する言葉らしい。岩の半ばに掘られた教会なので、観光用に架けられた階段を上って中に入るが、カッパドキアの強い日差しの中から教会内へ入ると、一瞬真っ暗で何も見えないかのような錯覚に陥る。それでも目が慣れてくると、キリストの生涯を描いたフレスコ画を見ることが出来るが、残念ながら保存状態がよいとはいえないようだ。

チャルクル教会

その他にもカランクル(暗闇)教会・ユランル(蛇)教会・エルマ(林檎)教会・聖バジル教会・食堂・倉庫などが残されているが、残念なことにいずれも写真撮影は禁止であった(もっとも、内部は薄暗いのできれいに写せたという保証もないわけですが…)
そんなときに便利なのがNTT出版から出版されているトルコの旅―歴史と生きる人と街という本だ。ギョレメ野外博物館も紹介されており、岩窟教会内のフレスコ画写真が鮮明に撮影されているので嬉しい一冊だ。

ギョレメ野外博物館を離れ、エセン・テペにてひと休み。
ここは、テペ(=丘)だけあって、周りの奇岩がよく見えるところだ。

エセン・テペ

一通り写真を撮り終えて周りに目を向けると、丘の上には土産物売りの店などもわずかながら建てられており、トルコの伸びるアイスクリーム・ドンドルマの屋台もあった。

ドンドルマ売り

暑いし、ドンドルマも興味あるし、食べてみようかしら?とドンドルマ売りの青年に「一つ下さいな」といったところ、本当にただでくれたのでびっくり。あのーお金払いますよ?「How Much?」をくりかえしても「No〜!No〜!」と繰り返すばかりなのでありがたく頂戴した。
2人のやりとりの一部始終をニヤニヤと楽しそうに眺めていたポエ爺に聞いてみたところ、「Myrthaちゃんが美人だからだよ♪」とのこと。
ホンマかいな・・・

オニキス工房にてオニキスの加工される様子を見学し、売り場へ行ってみると、ポエ爺が売り子の女性と楽しそうに話していた。何でもこの売り子さんはカイセリ大学で日本語を専攻し、ポエ爺はトルコ語と日本語を駆使して日本語を教えていたのだとか。トルコ萌えのポエ爺がトルコで日本語を教える日が来るかも知れないと、密かに思うMyrthaであった。

オニキス工房


オニキス工房の見学を終え、ウチュ・ヒッサールへ。
ウチュ・ヒッサールは「尖った塔」を意味する高さ80メートルもの巨大な岩だ。以前は上へ登れたそうだが、その昔、転落死した観光客がいたとかでそれ以後は中に入ることすら出来なくなってしまったという。
何とも残念な話だ。。。

ウチ・ヒッサール


ウチュ・ヒッサールを離れ、レストランでビュッフェ風の昼食をとり、近くを散策していると、すてきなオブジェ風の木があった。
これは、木に壺を差した物だろうか?

壺の木


そしてもう一つがこちら。
トルコの魔除けとして有名なナザール・ボンジュウが木の枝という枝に結ばれている!

ナザール・ボンジュウの木

よく見ると割れてしまっているナザール・ボンジュウもあり、一度に飾られた物ではないようだ。これは旅人が旅の安全を祈願して結んでいった物だろうか?オブジェとしては面白く美しいが、嫉妬の視線を跳ね返すという魔除けが何故このようなところに大量に結びつけられているのか、皆目見当も付かない。

バスに乗り、ユルギュップのスリーツリーを見学。

07_08_06スリー・ツリー

本来ならば、プロの写真家が写すように中央の奇岩が3つ並ぶ予定だったが、如何せん、角度が良くなかったのかスリーツリーではなく、ツーツリーにしか見えない絵になってしまった_| ̄|○
このスリーツリー、下の方から見上げるように眺めたかったなぁ。。。

そして、ゼルヴェ渓谷の入り口に当たるパシャバーウも見学。
ここはその昔、5世紀ころに聖シメオンが隠遁したところだ。残念ながらカメラの電池が無くなってしまった為、急遽、携帯電話のカメラで写真を撮った。
ささやかすぎる土産物ですが、下記の画像を希望される方はDLして壁紙としてご利用下さい。
(´-`).。oO(DLされる方は、ひとこと残していっていただけると嬉しいですネ♪ )

パシャバーウ奇岩パシャバーウ奇岩

因みにこの画像に見える地を這うようにして生えている植物は葡萄の木で、何でもこの地方は降水量が少ないため、幹を低くすることによって木々も脱水症状=枯死を防いでいるのだとか。
日本のように枝葉をのびのびと茂らせるというのは、木々にとっても贅沢なことなのかも知れない。

再びバスに乗り、トルコワインを試飲したり、アヴァノス陶芸工房にて轆轤を回して遊んだりしつつ、夕刻、ギョレメ村のYAMA TOURのオフィス前に帰着。
オーナーのメフメットさんが「やぁやぁ久しぶり!」とポエ爺と濃厚な再会の抱擁を交わしていた。
どうやらメフメットさんはポエ爺の友人にあたる人らしい。
「夕食を共にしませんか?」というメフメットさんの好意に甘え、一度ホテルへ戻り、身支度を調え、土産物として果物やトルコ名物のEFES Pilsen(エフェス・ビール)を手に、再度YAMA TOURを訪ねる。

温かく迎えてくれたのはメフメットさんとそのご夫人のマリコさん、生後10ヶ月の愛息子のジャン君の3名だ。
息子を将来大学へ進学させ、医者にしたいというメフメットさんはポエ爺とペルシャの詩人・ウマル・ハイヤームや近代トルコの詩人・ナジム・ヒクメットの詩論で盛り上がっている。ムツカシイ話についていけないMyrthaは、「歴史ばかり勉強してもダメだなぁ…」などと反省しつつ、ジャン君(漢字で書くならば聖君)をかまったり、マリコ夫人と話したり、美味しい食事をいただいたりしていた。

楽しい時間はあっという間に過ぎ、宴はお開きとなった。
帰路、天を仰ぐと、星々が手を伸ばせば触れられそうな近さで瞬いていた。
かつて、これほどまでに北斗七星を間近に感じられたことがあっただろうか   


お世話になったYama Tourのサイトはこちら
Yama Tour日本語サイトはこちら


※トルコ旅行ひとくちメモ
ギョレメ国立公園およびカッパドキアの岩石遺跡群は、1985年にユネスコの世界遺産に「自然と文化の複合遺産」として加えられ、2005年の公式観光者数は、850,000人の外国人旅行者、そして約100万人のトルコ人旅行者が訪れているという。当然、日本のツアー旅行でも必ずといって良いほど加えられているところだ。個人旅行・団体旅行を問わず、トルコに行くならば一度は訪れるべし!
なほ、カッパドキアは「美しい馬のいる場所」を、ギョレメは「目に見えないもの」「隠れたるもの」を意味する言葉らしい。