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歳晩書懐

年惜しむ 心うれひに 變わりけり (高浜 虚子)

今年も1年間様々なことがありました。

相変わらず身体は痛かったり(原因不明・治療法なしのアレね)、
感染症を繰り返したり、胃潰瘍を初体験したり   
モチロン、病気にかかりつつもよく遊び、よく美味を食べ、大いに楽しみました。

これもぐうたらMyrthaに毎月給料を出してくれる奇特な会社あってのことです。
そしてこの不定期ぐうたら日記を続けられたのも、読みに来て下さるみなさまあってのことです。

今年一年ありがとうございました&来年もよろしくお願いします(-人-)

来年もみなさまにとってもよい年でありますように

                                      平成己丑 師走 Myrtha 拝

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アナトリア旅游7・セルチュク篇(上)

7日目。
カナリアのさえずりのような声が耳に流れ込み、目が覚めた。
聞こえてくる透き通るようなソプラノの歌声の主はHomeros Pensionのシスター・オヤであるらしい。

身支度を整えてポエ爺と階上のテラスへ行くと朝食を出された。
そのメニューを見たとたん、私は少々不安になった。
「これは朝食だよね??」と。。。

Homeros朝食


見ての通り、果物ばかり!
例によってメニューを書き出してみよう。
ゆで卵・瓜系の果物・スイカ・オレンジ・バナナ・トマト・モモ・青リンゴ・チェリー・白ブドウ・人参・胡瓜・マーガリン・イチゴジャム・チーズ。そして左上のバスケットに入ったエキメックとチャイ。
皿の上に盛られた果物の山。山。山。
何かが何か、間違っているような気がしつつも、お腹いっぱいになるのだろうかと不安になりつつも、パクパクと果物を口に運んでいくと、果物の糖分故か、不思議とお腹がいっぱいになった。和食の朝食とは異なり、果物のやさしい甘さでお腹が満たされていくような感じだ。果物の朝食もよいかもしれないと、新しい発見をしたMyrthaであった。

今日は、アナトリア最大の古代都市遺跡・エフェソス遺跡群(Efes Harabesi)の見学に行くことになっている。シスター・オヤの弟君・ダルヴィッシュ氏に車でエフェソス遺跡群の入り口まで送ってもらい、入場料(10YTL)を支払い、いよいよ遺跡内部へ   .

南入口から中へ入り、オディオン(音楽堂)や上のアゴラ(公共建築が立ち並ぶ政治的な場所)を通過して、ヘラクレスの門とよばれる凱旋門からケルスス図書館付近までつづくメイン・ストリートのクレテス通りの入口手前の遺跡の上から通り全体を遠望すると   .

エフェソス遺跡群


入口付近にもかかわらず、かなりな人影が見られる。大丈夫かな?日本の美術館のように黒山の人だかりにより、遺跡が見えないということはないよね?少々心配になるMyrthaであった。

獅子の毛皮をまとうヘラクレスの彫像が施された凱旋門を通り過ぎ、1世紀に建造されたというメミウスの記念碑を通過した。この都市に貢献のあったとされるメミウスは高名なローマの独裁官スラの孫にあたる人物だという。

エフェソス遺跡群


ドミティアヌス神殿(エフェソスがローマ帝國と友好関係を維持するために暴君・ドミティアヌス帝に捧げた神殿)や水宮殿を通り過ぎると、観光客の群がる一角があり、覗いてみると、そこには勝利の女神・ニケの像があった。この像は写真で見る限りでは小さそうに思えるが、高さが70~80cmもある大きな石像だ。地面に置かれているこの石像は旧時、どのようなところに使われていたのだろうか?

エフェソス遺跡群


トラヤヌスの泉。
トラヤヌス帝(AD53~117)は古代ローマ帝政前期(プリンキパートゥス)の皇帝で、五賢帝の2番目にあたる人物だ。彼の時代に帝國版図は最大になり、最善の国家元首と謳われたという。そのトラヤヌス帝に捧げられた泉だ。(しかし人が多いなぁ…)

エフェソス遺跡群


ハドリアヌス神殿の正面入口。
ローマ帝国五賢帝の3番目にあたるハドリアヌス帝に捧げられたコリント式の神殿であり、女神ティケやメドゥーサの彫刻、その他にも神々や皇帝の姿を賑やかに彫りつけたレリーフが美しい神殿だ。
ハドリアヌス帝(AD76~138)はトラヤヌス帝の次に就任した皇帝で、トラヤヌス帝同様にパークス・ロマーナ(ローマの平和)の繁栄を現出した君主だ。帝國の拡大路線はとらなかったものの、2度にわたって広大な領土を巡回し、イギリス北部にはハドリアヌスの長城が残っているという。こちらもいずれは見てみたいものだ。(本当に人が多いなぁ…)

エフェソス遺跡群


高級住宅地の一角にある娼婦窟を見学し、水洗式公衆トイレも見学。
ローマの公衆トイレは和式のようにしゃがむ式ではなく、腰掛ける式のものだったようだ。写真を見る限りでは、衝立はなく、したがって個室にはなっていないようだが、音楽演奏もなされていたらしいので、皆で用を足しながらおおらかに語らい、音楽に耳を傾けていたのだろうか?

エフェソス遺跡群


ケルスス図書館入口。
アジア州総督ケルススを記念してその息子が2世紀に建立したという。前面がコリント式の柱を持つ華麗な作りで、正面向かって左から、英知・徳性・思慮・学術を表す女神の像が配置され、蔵書数12万冊を誇り、アレキサンドリアの図書館、ペルガモンの図書館と並ぶかつての世界三大図書館の一つに数えられていたが、ゴート人の襲撃によって焼失し、今はファザードが残されるのみ。4体の女神像は複製品が置かれ、観光客が共に写真を撮る場所となっていた。(写真右側は、マゼウスとミトリダテスの門)

エフェソス遺跡群


商店が建ち並び、活気あふれる庶民生活の場であった下アゴラの一角を見学し(立入禁止になっていた)

エフェソス遺跡群


港湾へつづく列柱回廊を見学。

エフェソス遺跡群


クレテス通りを右に曲がり、マーブル通りを通って野外劇場へ。
野外劇場は1~2世紀にピオンの丘(パナユル山)の斜面に築かれた収容人数24000人という大規模なものだ。貴賓席は残されていないものの、観客席の上からは今は埋まってしまった古代の港湾跡などが見渡せる。(時間が経つにつれて人が増えていますなぁ。。。)

エフェソス遺跡群


その他にも、体操場や入浴場、石棺を見学するも、転がっている石の数よりも観光客の方が多く、写真を撮っていると平気で前を過ぎられるのには弱った。「撮影している人の前は通らないように」ということに注意しているのは日本人くらいなのではあるまいか?

エフェソス遺跡群から小山を2つ3つ越えたところにあるビュルビュル山中には、聖母マリアがキリスト亡き後の晩年を過ごしたという「聖母マリアの家(Meryemana)」が残されており、今も敬虔なクリスチャンが訪れ、ミサが行われているという。行ってみたいとポエ爺に相談したところ、「また今度ね♪」とあっさりとかわされてしまったorz

エフェソス遺跡群を出て、セルチュクの町へ帰るために、てくてくと真昼の道を歩く。
路上に人はなく、時々、果物売りの自動車が止まっていたり、コイン売りの老人が木陰に腰掛けていたりする程度だ。ポエ爺の話によると、コイン売りというのは所謂ホームレス・乞食の類であるそうな。ただし、乞食にも乞食のプライドがあるらしく、ただで金品をもらおうとは考えず、年代物(の偽物)コインを売る代償としてお金をもらう、というスタイルをとっており、乞食もひとつの職業として成り立っているとのこと。

途中、身の丈よりも高い草の生い茂る一画があった。ふらりと立ち寄ってみると、そこにあったのは古めかしい一本の柱であった。

アルテミス神殿跡

この柱は古代世界の七不思議のひとつとして数えられる「アルテミス神殿」のものである。
アルテミス神殿は、紀元前6世紀頃のアケメネス朝ペルシア統治下で女神・アルテミスを祭るために建立された世界初の総大理石の神殿で、奥行き110m、幅55mの威容を誇り、127本の列柱がそびえ立ち、アテネのパルテノン神殿が内部に納まるほど巨大なものであったという。

紀元前356年、「自分の名を後世に残したい」と企んだヘラクレイトスという男の放火によって一度は消失したが、再建され、3世紀にゴート人の侵入によって破壊されてからは修復されずに荒れ果てたという。石材はほかの建築物を建てるために持ち運ばれ、現在は基礎部分が湿地帯に埋もれ、残された一本の柱の上にコウノトリが巣を作るばかりだ。
栄枯盛衰の儚さを垣間見たような気にさせられた。

アルテミス神殿跡

アルテミス神殿跡の後方に見えるのは、イサベイ・ジャミィと聖ヨハネ教会跡、セルジューク時代のアヤ・ソルクの城塞だという。明日はあの辺りを歩いてみようとポエ爺と話し合い、アルテミス神殿跡を後にした。

フト、今は昼の2時頃だろうかと時計に目をやると、16時を過ぎていた。少々遅い昼食であり、少々早い夕食でもあるが、食事にしようということでセルチュク市内のレストランに入った。

セルチュク食事

ガラスケースのテプシー(保温器)に料理の並べられているロカンタ(レストラン)で料理を指差して注文し、遺跡を見るのに夢中で食べ忘れていた食事をとることにした。
今回のメニューは、ピラフ・鶏肉とマッシュルームの煮物・トマトと青唐辛子・フライドポテト&フライド茄子のヨーグルトがけ・サラダ(ドレッシングはなく、レモン汁をかけて食べる)・Efesビール・エクメック・チャイだ。これだけたくさんの料理を食べて一人分の料金が14YTLであるから、物価が上昇しているとはいえ、地方都市はまだまだ安いといえるだろう。

ホメロス・ペンションに戻る途中、商店で水やワイン、クラッカーを購入し、オトガル(バス・ターミナル)の露店で白ブドウや桃を購入する。

セルチュク露店

露店には果物ばかりではなく、トマトや茄子、さまざまな形をした青唐辛子の類も売られている。

セルチュク露店


ペンションの部屋に戻り、1日の汗を流して屋上に上がると、星々が瞬いていた。先ほど買った白ブドウを食しつつ、ポエ爺と天体観測を楽しみ、さらに階下の中庭でチーズとワインを楽しんでいると、ダルヴィッシュ氏も姿を現し、共にワインを楽しむ。
傍らには上機嫌で詩を賦すポエ爺の姿があった   .


※トルコ旅行ひとくちメモ
トルコ共和国は政教分離を標榜する三権の分立した国家ではあるが、国民の9割以上はイスラム教スンニ派であるというイスラム教国である。しかしながらエーゲ海沿岸の旧イオニア地方の諸都市では少ないながらもキリスト教徒が存在している。特に聖母マリアが晩年を過ごした地域であるが故か、聖マリア信仰が根強く残っているのが特徴だ。Homeros Pensionの元気姐さんのオヤさんが「シスター・オヤ」と呼ばれているのもキリスト教徒であることに由来するようだ。

お知らせ

重大なる情報を得ましたので、ココにお知らせします。


クリスマス中止


そんなわけで今年もクリスマスは中止されるようです。
イエ。ナニ。
なまじクリスマスなぞが行われては喪女のMyrthaが大泣きするのでこれでよいのです。
内心では中止が決定されてほっとしております。

しかしこのネタを職場で言ったらみんな真に受けて信じ込んでいたなぁ。。。
どんだけ冗談の通じない職場なのだ?!


ステキさ加減から言えばbogusnewsもなかなかのものですが、年年、「中止宣言」が早まっていないか??
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