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奴の高笑いが聞こえる

街を歩いていると、音楽が流れているということを昔ほど感じなくなったが、先日、街を歩いていると、フト、聞き覚えのある歌が流れているので耳を欹ててみると、

ジン、ジン、ジンギスカーン♪
ヘー ライター ホー ライター ヘー ライター インマーワイター
ジン、ジン、ジンギスカーン♪

と、懐かしい歌が流れている。
小学校や地域の団体などのキャンプファイヤーなどで踊った、あのジンギスカンだ。

そういえば、そんな歌もあったなぁということで、ネットで検索してみると、さすがにYoutubeにUpされていた。
しかも、日本語訳の字幕付きとはありがたい。

ジンギスカン(1979) 歌詞付き - Youtube -


へぇ、へぇ、へぇ(これもちょっと古いゾ)。
こういう意味の歌詞だったのかぁ。チョット意外な気がする。
ジンギスカンはモンゴル帝国の皇帝の方を言っていたのか。てっきり料理のことを言っているのかと思ったゾ。「ジンギスカンは美味しい~♪」というように、褒め称えているのかと思っていた(おいおい。。。)。


草原の風にように馬を走らせる幾千もの兵

地面を打ち鳴らす馬蹄の音とともに

あらゆる場所に不安と恐怖を運んでくる

稲妻と雷鳴も彼らを阻むことはできなかった



と言う歌詞は、「来た、壊した、焼いた、殺した、奪った、去った」と表現されるモンゴル帝国軍の戦闘を元にし、


気に入ったモノは全てテントの中に奪い取る

奴を嫌える女など、この世にいなかった

一晩で七人の子供を仕込み

仇に対してはあざ笑うだけ



というのは、「男たる者の最大の快楽は敵を撃滅し、これをまっしぐらに駆逐し、その所有する財物を奪い、その親しい人々が嘆き悲しむのを眺め、その馬に跨り、その女と妻達を犯すことにある」 という、当時の遊牧民族ではごく普通の習慣だったことを指しているのだろうが(なにせジンギス・カン自身がそう言っているし、彼の妻も攫われたことがある)、改めて日本語に訳すとすごい言葉だ。

疾風怒濤のように押し寄せたモンゴル軍の恐怖を「押し寄せられた側」から見るとこうなるのかぁ。。。ではなくって、よくもまぁ、このような歌詞の歌が日本でも受け入れられたものだ(ホラ、某団体とかは、チョット馬鹿げたことや下品なことを放送すると目を三角にして厳しいことを言うデショ?)。

それにしても、


もっと、ウォッカを盛ってこい、hohohoho~



は、さすがにモンゴル軍なのか?と疑問符が付かざるを得ないネw

因みに、樹木年輪調査という調査方法によって、


普段は寒冷で乾燥した大草原地帯に、15年間にわたる豊富な雨と温暖な気候がもたらされていたのだ。これほど長期にわたる雨は、モンゴルがそれまで経験したことがなく、それ以降も例のない、この時期だけに限定された気象現象だった。

チンギス・ハーンとモンゴル帝国の台頭は、1211〜1225年の間、少なくとも過去1100年かそれ以上の間経験したことのない長期間の好気候に恵まれ、草が増えれば馬も増え、軍事力が増強したことも一因。全く対照的なのは、1180〜1190年代にこの土地を襲った未曾有の長期干ばつで、それが内乱や分裂を引き起こしていた。




のように、温暖な気候と時期を同じくして、チンギス・ハーンという力強い指導者が権力の座に着き、民族統一に動き出したのだろうという仮説がでてきたそうな。

被侵略者から見れば野蛮で残虐なイメージが強いが、「号令無くして敵の財物を掠奪し、分捕り品を占有した物は死刑」とか、「強姦及び私通する者は死刑」、「拾得した財物をひそかに隠匿する者は死刑」というように、ジンギス・カンのジャザ(大法令)で定められているところを見ると、「来た、壊した、焼いた、殺した、奪った、去った」ばかりとは言えないだろう。

なお、元のドイツ語歌詞で歌ってみたいという方は、こちらを参考にどうぞ


2014.06.20追記
せっかくなので、空耳ver.も貼り付けておきますw

【空耳】 ジンギスカン / ジンギスカン - YouTube -

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「around」周辺

20歳前後を指す「アラハタ」という言葉や、30歳前後を指す「アラサー」という言葉、40歳前後を指す「アラフォー」という言葉が世に出回り始めたと思ったら、あっという間に50歳前後を指す「アラフィフ」が生まれ、あれよあれよという間に「アラ還」という言葉が生まれた。
そしてとうとうネット界隈(だけなのか?)では、70歳前後を指す「アラ古希」という言葉も登場している。

ここで、60歳周辺と70歳周辺が突然漢字表記になるのは、何故なのだろうという疑問が生じる。
60年という年月は干支(十干十二支)が一巡し、起算点となった年の干支に戻ることをいうのだから、還暦というのはあっている。また、古希(古稀)というのは、中国の大詩人である杜甫が曲江と言う詩の中で、「人生七十(しちじゅう)古来稀(まれ)なり」と詠っていることに由来するので、間違ってはいない。しかし何故、「アラシク」「アラセブ」ではダメなのか?

いやいや「アラハタ」という言葉が「around二十歳」の略語であるならば、アラサーは「アラ而立(じりつ,略してアラジリ?)」や「アラ壮」、アラフォーは「アラ不惑(略してアラフワ?」」や「アラ強(アラキョー)」、アラフィフは「アラ知命」や「アラ杖家」ではダメなのか?

ところで、こうなってくると、登場も時間の問題である「80歳周辺」は何と言われるようになるのだろうか?
「アラ傘寿」?「アラ杖朝」?いずれ、名コピーライターが何らかのネーミングを生み出すのだろうが、90歳周辺を「アラ卒(アラソツ,90歳=卒寿)」と言うのだけはカンベンしてもらいたい。

ちょっと歴史物の漢文を読んだことのある人ならすぐに分かることだろうが、「卒」とは「死ぬ」という意味なのだ。昔の中国では「死」を表現する言葉はいろいろとあり、天子が死ぬことを「崩(ほう)」、諸侯が死ぬことを「薨(こう)」、大夫が死ぬことを「卒(そつ)」、士が死ぬことを「不禄(ふろく)」、庶人が死ぬことを「死」というように言葉を使い分けていた。日本でも天皇の死を崩御といい、親王の死を薨去というのはこの辺りに由来するのだろう。

そのようなわけで、「90歳前後」を指す言葉を「アラ卒」としては、「90歳前後はそろそろ死ぬ(死ね?)」という意味になりかねないのだ。いくら90代も珍しくなくなってきた長寿大国ニッポンといえども、これではあまりにもヒドイというものだろう。

ちなみにMyrthaは「古希」よりも「古稀」という表記の方が好き♡

ばらが咲いた、薔薇が咲いた♪

バラが咲いた バラが咲いた 真赤なバラが
淋しかった ぼくの庭にバラが咲いた♪

ドラマ等でもお馴染みの旧古河庭園(map)では、約90種180株もの華やかな薔薇たちが今を盛りにと咲き誇っています。

うっすらピンク色の薔薇や、

旧古河庭園


清楚な白色の薔薇など、数々の品種改良された薔薇がありますが、みなそれぞれに良い芳香を放っています。

旧古河庭園


薔薇という花は、クレオパトラやナポレオンの妻ジョゼフィーヌが好み、ペルシャの詩人ウマル・ハイヤームの『ルバイヤート』に登場したり、中国でも六朝時代(魏晋南北朝時代)の詩にも詠まれていたりする、洋の東西を問わず人々に愛されてきた花なのですが、このたくさんの美しい花を見れば、それも頷かずにはいられません。

え?
この写真だけでは、本当に旧古河庭園の薔薇なのかが解らないですって?!
では、この写真を御覧下さい。
どこをどう見ても、旧古河庭園でしょう?

旧古河庭園


こんなに美しい花々に囲まれて、芳しい香りに包まれて暮らせたならば、豊かで穏やかな心でいられそうですネ♪

尚、5月10日(土)~6月8日(日)までは「春のバラフェスティバル」として園内の薔薇の花々を楽しめますが、5月16日~25日の間は、ライトアップ期間として21時(最終入園は20時30分)まで楽しめるようです。


旧古河庭園についてはこちらから
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