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ぽぽぽ

TwitterというSNSほどしめつけず、Blogほど孤立的でもないWebサービスの類似品が
国内で流行っているらしいのですが、自分がやるとなるとどうなのでしょうか?
かなり面倒&プライベート時間の秘密が守りにくくなってしまうような
気がしますがいかがなものでしょうか?


サテ、日中、おそとはほのかに明るく、雨はシトシト、雷鳴轟く中で、
水気を含んだ土の香りがさやと鼻孔をくすぐっていった。
知らず、興おこりて一首口ずさむ。

 上邪
 我欲與君相知
 長命無絶衰
 山無陵 
 江水爲竭
 冬雷震震
 夏雨雪
 天地合
 乃敢與君絶

以下訓読
 上邪(じょうじゃ)
 我 君と相知り
 長命(ちょうめい) 絶え衰うること無からんと欲す
 山に陵(みね)無く
 江水 竭(つ)くるを爲(な)
 冬雷 震震とし
 夏に雪雨(ふ)
 天地 合すれば
 乃(すなわち)敢えて君と絶たん

 我欲與君相知長命無絶衰
は、
「我 君と相知れり
 長(とこしえに)絶え衰うること無からしめんと欲す」
という読みでもよいわけですが、ここで一つ疑問が   

「これって、南方(江南・江東とも)の詩なの?」
ということです。

この詩は李白や杜甫などの詩人達よりも遥か以前、漢代に歌われていた
読み人知らず(中国では「無名氏(むめいし)」)の「上邪」というタイトルで、
楽府(がふ)というスタイルの詩です。
詩の意味を要約すると、「天変地異・地球滅亡のようなことがなければ、
けっしてあなたのそばを離れません」というひたむきな心を表わした詩なのですが
私の心の琴線に触れたのは「江水」という言葉なのですね。。。

というのも、古くは黄河のことを河水(かすい)といい、長江のことを江水((こうすい)
呼んでいたのです。この詩をそのまま訳すと
「長江の水が竭(つ)きてしまい~」となってしまうわけです。
漢代の呼び方はどうだったのかしら?
後漢なぞは「洛陽」を「雒陽」と表記していたしなぁ。。。

このようなところでボヤいてないで、サッサと調べろ!」といいたいところですが、
勉強&資料不足故、後日ご期待を請う、ということで。。。
やはり本棚10個分の書籍は最低限欲しいところです^^;


はるかぜ ぽぽぽさんへ。
「3日以内に日記に『ぽぽぽ』の文字を入れなければ『足の裏に漆を塗って
スキーブーツで固定の刑』になる」とのことですがタイトルに入れましたので、
不幸にしないでくださいm(_ _)m
足の裏の痒みに悶絶するのは死ぬよりも辛そうです。。。

---------------------------------------------------------
5月16日追記;
蛇足なれど、この「上邪」の現代語訳を書き連ねておきます。

 神かけて誓う
 あなたへの想いが、命ある限り永遠に変わらぬことを
 高い山がなだらかな丘となり
 大河の水が涸れ、
 冬に雷鳴轟き、
 天と地が一つに合わさる
 そんなときがこない限り、私はあなたを離さない

尚ほ、「上」を「神」と訳してみましたが、本当に神なのか、
それとも「あなた」なのかよくわかりません。。。
でもって、「読み人知らず」ですので、男性の作詩なのか
女性の作詩なのかもわかっていません。
ま、ここはひとつ、みなさまのご想像にお任せしますw

コメント

なんかこの詩、ベン・E・キングの「スタンド・バイ・ミー」を思い出しますねえ。

>スタンド・バイ・ミーを思い出す
どのようなところが「スタンド・バイ・ミー」を
連想させるのでしょうか?

私メは「スタンド・バイ・ミー」や「メアリー・ポピンズ」を読むこと
数ページにして挫折いたしました_| ̄|○

もっとも、エリック・E・ハリーやトム・クランシーばかりというのも
かなり問題があるような気がしますが(-_-;)

本じゃなくって、歌のほうです。
こんな歌なんですよ。

When the night has come
And the land is dark
And the moon is the only
Light we'll see
No I won't be afraid
Oh I won't be afraid
Just as long as you stand
Stand by me

If the sky that we look upon
Should tumble and fall
Or the mountain should crumble
To the sea
I won't cry, I won't cry
No, I won't shed a tear
Just as long as you stand
Stand by me

ね?なんか似てるでしょう。

似ていますね^^;

どちらが先とか、著作権がとかそういったことは横へ置いておいて(笑)
人が人を思うとき、それを言葉に表わそうとすれば
どこの国の人でも似たような表現になっていく、ということなのでしょうか・・・?

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>餃子さん

返信が遅れまして失礼しました。

「上邪」と呼ばれているこの詩は広義での「漢詩」にあたりますが、「詞」ではありません。
「詞」は宋代に成立した近体詩の一種であり、長短不揃いの句を特徴としており、また、
平仄が絶句・律詩以上に細かく決められていますが、この「上邪」の詩は平仄の法則については
何の制約も受けていません。
「上邪」は近体詩以前に生まれた「古詩」であるといえましょう。

また、

> この 詞は中国で长沙王吳芮の妃 毛萍 によって 作られたんです。
> 長沙王は漢代の诸侯国の王です。

とのことですが、百度百科などではこのように書かれているようですが、今のところこの詩が
漢代の長沙王吳芮の妃・毛萍の作品であるという決定的な証拠はありませんので、
従来通り「漢代の無名氏の詩」としておくのがよいかと思います。

「少年易老學難成、一寸光陰不可輕。未覺池塘春草夢、階前梧葉已秋聲」という詩が従来では
朱子の作ったものとされていましたが、近年の研究結果では、この詩は日本の五山文学の中から
生まれた詩であることが証明されています。
「上邪」もいつの日か作者がわかる日が来るかも知れません。
その結果として「長沙王吳芮の妃・毛萍の作品」であることが証明されればよいですね。

>私は今日本語を勉強しいるところです。多分、文法は正しくないところがあります。

日本語は中国語と異なって品詞の活用形がありますのでこれが難しいと思いますが、
この活用形を上手に使えれば自由に読み書きが出来るようになると思いますのでがんばってください。
余談ですが、「こんばわ」は間違いで、正しくは「こんばんは」ですよ。

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