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63回目の…

「またこの日はこのネタか!」などといわれそうですが、鎮魂をもかねて   

Okinawa,then and now - Youtube



月桃(げっとう)ゆれて 花咲けば
夏のたよりは南風
緑はもえる うりずんの ふるさとの夏

月桃白い 花のかんざし
村のはずれの石垣に
手にとる人も 今はいない ふるさとの夏

摩文仁(まぶに)の丘の 祈りの歌に
夏の真昼は青い空
誓いの言葉 今もあらたな ふるさとの夏

海はまぶしい 喜屋武(きやん)の岬に
寄せ来る波は 変わらなねど
変わる果てない 浮世の情(なさけ) ふるさとの夏

6月23日 待たず
月桃の花 散りました
長い長い 煙たなびく ふるさとの風

香れよ香れ 月桃の花
永遠(とわ)に咲く身の花ごころ
変わらぬ命 変わらぬ心 ふるさとの夏

                            --「GAMA 月桃の花」より--

そう、1945年6月23日は「沖縄守備軍司令官牛島満が摩文仁司令部で自決し、
沖縄戦の組織的抵抗が終結した日」です。

この詩は、「GAMA 月桃の花」という、映画の主題歌です。
この映画のストーリーをどのように読み取るかは各自の自由ですが、
戦争とは人々に不幸をもたらすものであることは間違いないと思います。

合掌                  

コメント

ちょうどこないだ、沖縄のひめゆりの塔を見てきました。
平和祈念資料館で沖縄戦の実態を初めて知ったんですが、自分にとってはかなり衝撃的でした。

何というか、本当に彼らは今も昔も日本の「国益」の犠牲者なんだなというのを痛切に感じます。。

沖縄は、今をさること○年前に修学旅行で初めて訪れたのを期に、
何度か訪れていますが、その度に体調を崩すというジンクスに見舞われております(苦笑)

「あの大戦をどのように受け止めるか?」というのは、
日本が全体主義国家でない限りにおいてはその人その人の自由だと思うのですが
多くの無辜の民が「国の為に」と思い、またはそのように思わされて命を落としていったのは
紛れもない事実だと思うのです。

沖縄の戦後を見ますと、真っ先に米軍基地問題が挙げられますが、
他にも、戦争体験者の母がそのショックにより、育児放棄をしてしまい
子供が成人して「私は(母)親に愛されていたのだろうか?」と苦しむという一面も
いまだに残っているようです。

過去をいつまで引きずれば気がすむのか?という声も聞こえてきそうですが、
私には、それに対する答えを持ち合わせておりません。

明治から昭和にかけて、「よくあの激動を、欧米列強の植民地にならずに
国家として存在し続けられたものだ」と思う一方で、
戦場という狂気の中で、このようなことが行なわれたであろうと
事実を突きつけられるのも、また、事実なのでしょうから・・・

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