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アナトリア旅游10・ベルガマ篇(上)

10日目。
中庭へ出ると、朝食を出された。
GOBI Pensionでの朝食もコンチネンタル式のもののようだ。お約束ごとのようにメニューを挙げてみよう。
バター・苺ジャム・チーズ2種・桃・白オリーブ・キュウリ・トマト・ゆで玉子・シガラ・ボレイ(トルコ風揚げ春巻き)・スイカ・エクメック(パン)。キュウリは相変わらず皮をきれいに剥かれている。お国の文化の違いというものだろうか?不思議だ。

ベルガマ・朝食


am10:00
GOBIペンションを出発し、街の北側にある市内最大の遺跡であるアクロポリス(Akropol)へ向かった。

街を抜けて高台への上り坂を時に雨のように降りかかる蝉の鳴き声のシャワーをくぐり、時に牛の落とし物(けっこう大きいゾw)を横目にしつつひたすら黙々と歩く。湿度を含んだ日の光が大地と道行くMyrthaをちりちりと照らす。水分補給と小休止は必須だ。

休み休み1時間半ほど歩いた頃、ようやくアクロポリスの入口にたどり着いた。
アクロポリスは標高335メートルのところにあるらしい。と、いうことは、335メートルも上ってきたのかぁ。。。直線距離だとたいしたことはないけれど、迂回して歩くとかなりの距離を歩いたことになる。足早の観光旅行をされる方は自動車などの移動手段を考えた方がいいだろう。
入場料として10YTLを払い、いよいよ中へ   .

まずはこの遺跡の発見者カール・フーマン(Carl Humann)に敬意を表して彼の亡骸の眠るお墓を参拝。

カール・フーマン墓


鉄道技師のカール・フーマンがこの遺跡を発見するに至ったのは、1871年にイスタンブール・イズミール間の鉄道敷設工事の際に工事現場からフリーズ(ゼウス神殿の小壁)の断片を発見したことによるそうな。フーマンは発見した断片をベルリンの考古学者コンツェ(Alexander Conze)に送ったことから調査発掘作業が始まり、今に至るも発掘作業が続いているという。「自分が発掘した遺跡の傍らに葬ってもらえるとは羨ましいかぎりだなぁ」とはポエ爺のつぶやきであった。

次にゼウスの神殿を参観。

ゼウス神殿


ゼウスの神殿はペルガモン王国のエウメネス2世がガラティア人に対する戦勝記念としてゼウスに感謝を捧げた祭壇で国威発揚の象徴的役割を担い、祭壇は縦36メートル、横34メートルの西側に開いた馬蹄形で5段の基壇上に浮彫のある小壁や屋根付き回廊が乗り、豪壮を極めたといわれるが発掘当時に全てベルリン博物館に持ち去られ、未だに返還されずに基壇と松の木が見えるのみである。ポエ爺の顔を見ると、「ベルリン博物館はけしからん!」と書かれていた。

野外劇場を横目に過ぎりつつ、劇場テラスの北端に建つデュオニュソス神殿も見学。

デュオニュソス神殿


デュオニュソスはバッカスとも呼ばれる酒と狂乱の神であると同時に、舞踊と音楽に興奮を求めたことから演劇の神ともされ、地中海都市では劇場付近にこの神殿を置くのが通例になっているのだとか。
この神殿はB.C.2世紀の建造とされているものの、ローマ帝政期の火災後にカラカラ帝(A.D.211~217在位)が大理石で再建したと伝えられている。

デュオニュソス神殿より野外劇場の客席を眺望。

野外劇場


劇場の舞台近くに放置されていたレリーフ。

アクロポリス浮彫


顔は羊や馬のようであるが、身体は蛇や龍のように細長い。このかわいらしい浮彫は当時の伝説上の生き物だったのであろうか?

野外劇場全景。

野外劇場


この野外劇場は収容人数1万人ほどでエフェソス遺跡群の野外劇場ほどの規模はないものの、イオニア地方ではもっとも急傾斜に富んだ劇場で、客席は全3層、80段からなり、舞台に最も近い貴賓席は大理石製、他は安山岩製で、中間層市民が利用したという。
また、舞台背後にはデュオニュソス神殿から南へ250メートルに渡って伸びる列柱廊があり、商店が賑わいを見せていたというが、今は細い道が残っているのみである。

急傾斜の野外劇場の階段(客席?)をよじ登るように上がり、アテネ神殿&図書館へ。

息を切らせて急階段(当時は立派な座席だったのだろう)を登り切った先にあった物は、「原っぱ」だった。
「思わず絶句してしまうほどの何もなさ」に呆然とし、写真を撮ることも忘れ(と、いうわけでアテネ神殿及び図書館跡の写真はありません。見たい方は現地に飛んで下さい)、「ホントにここにアテネ神殿と図書館があったの?」と疑いの目でポエ爺を見ると、つぶらなおめめをきらきらさせている。どうやらポエ爺の目にはアテネ神殿と図書館が見えているらしい(-_-;)

以下、ポエ爺が見えているらしいアテネ神殿と図書館の様子ナリ。
アテネ神殿はアクロポリス最古の建造物で紀元前4世紀に建立され、二段の基壇の上にのるこの神殿は安山岩製のコリント式列柱による周柱式のもので、二つに仕切られた内部の部屋には各々にアテナとゼウスが祀られ、更に境内の東と北には二層の廻廊がめぐらされていたという。
東廻廊は一階がドーリア式、二階はイオニア式で、エウメネス2世によって建造されたことがわかっており、北廻廊一階壁面はストラトニコスやフィロマキオスらの手によって作られた浮彫や彫刻で飾られ、二階は隣接する図書館への入口へ通じていた。

図書館はエジプトのアレクサンドリア図書館に次ぐ規模を誇っていた智慧の蔵で、20万点の蔵書が図書館の北側と東側に保管されていたという。西側は湿気が多く、書籍整理に気を遣ったようで、湿気対策として壁を二重にするという工夫を凝らしている。また、図書館内には四つのホールがあり、最も大きな部屋が閲覧室であったとされ、英知の象徴たるアテナ像が安置されていたという。ちなみにこのアテナ像は高さが4.5メートルあったことから、閲覧室の高さは約6メートルと推測されている。いやはや古代にこれほど大きな建造物を造ってしまうとはただただ驚くばかりだ。

余談であるがその昔、アレクサンドリア図書館はペルガモンの図書館にその地位を脅かされそうになった時にパピルスの輸出を禁止するという政策をとったが、ペルガモンは山羊や羊の皮をなめして作った羊皮紙を使用して蔵書数を増やしたという。羊皮紙を意味する「parchment」という英語は「Pergamena Charta」を語源にしているという。
(-_-;).。oO(皮のために一体どれほどの山羊や羊が殺されたのだろうか・・・)

図書館からトラヤヌス神殿へ。

トラヤヌス神殿


トラヤヌス神殿はアクロポリスの中でも最良の立地にあり、青天に映える白大理石がベルガマ市内からでも見えるほどだ。ローマ人好みのコリント式列柱が三方をとりまく周柱式で、落成は次のハドリアヌス帝の時であったらしい。
また、賢帝とはいえ人間であったトラヤヌスが神として祀られた背景にはローマ帝国の政治的思惑(属州の統治や非ローマ人の結束・反乱防止など)があり、皇帝神殿は皇帝を信仰するというよりは、その都市の政治的権威や地位の高さを示す性格が強く、宗教的意味合いは希薄だという。

トラヤヌス神殿の裏へ回って北側の武器庫へ。

武器庫


トラヤヌス神殿北部はアクロポリス全体の最北端にあたり、ここに紀元前3~2世紀頃建造とされる武器庫が残っている。武器の他に食料の保存もでき、換気用の通気孔を使っての長期保存も可能であったという。

武器庫より人工湖を遠望。

人工湖


ベルガマ市民にとっての水瓶とも言える人工湖も今は乾期にあたるので随分と水量が減っており、水不足の心配をしてしまうが、雨期になればこの水瓶も満たされ、水不足の心配はなくなるという。

アクロポリスの一角より、ベルガマ市内を遠望。

アクロポリスよりベルガマを眺望


街の屋根が一色にまとめられているので統一感があって美しいが、その一方で「それしか建築素材がなかったから統一感が持てた」という見方も出来そうだ。アクロポリスはその名の通り高台にあるので上昇気流が強いのだが、その風はとても爽やかであり、心地良い優しさをふくんだ、ずっと浴びていたいような風であった。

ひと通りの見学を終えて、木陰でGOBIペンションを発つときに持参した白ブドウを食べつつひと休みをする。午前中から遺跡を見ていたので観光客は少なかったが、午後になったあたりから観光バスをチラホラと見かけるようになった。写真を撮るならば、午前中に訪れるのがよいかも知れない。

アクロポリスを離れ、街へ戻るために来た道をてくてくのろのろと歩いているとクラックションが鳴り響き、一台の車が止まった。何でも街へ出るなら乗せていってやるぞということらしい。ありがたく乗車させていただくことにした。家族旅行中のトルコ人と片言ながらの会話を楽しんでいると瞬く間に元来た道を通り、目的地に到着した。徒歩で1時間以上もかかった道がたったの数分で着いてしまうとは、文明の利器や恐るべし!重ね重ねの礼を言い、お互いの旅がよいものになるようにと言葉を交わして親切な一家と別れた。

クズル・アウル


クズル・アウル(Kızıl Avlu)は「赤の館(Red Basilica)」とも呼ばれ、その名の通り赤いレンガを積み重ねて造られた建物で、縦26メートル、横60メートル、高さ19メートルという大きなものだ。2世紀にローマ人の間で広く信仰されていたエジプトのセラピス神とイシス女神を祀る神殿として建てられたが、ビザンティン時代にはキリスト教会として使われていたという。
工事中だったので入館せずに外部から撮影。

GOBIペンションへもどるにあたって、行きとは違う道を歩いていると住宅街に迷い込んでしまった。照りつける日差しの中は熱くとも、日陰に入ればひんやりと涼しく、薄暗い。
薄闇の中で日の光を一身に浴びているのはイスラム寺院のミナレットだ。

ベルガマ


観光客が物珍しいというわけでもないのだろうが、カメラを片手に町中を歩いていると「Photo!Photo!」と子供達に写真撮影をせがまれる。

ベルガマ


これは男女を問わず、大抵の子供ならば嬉しそうに「私を撮影して!」とばかりにポーズをとってくる。

ベルガマ


デジカメでの撮影であるからポエ爺のようにフィルムの心配はしなくともすむので撮影には何の問題もないが、撮影をしたところでその写真が自分の物になるわけではないのだ。写真が欲しいというよりも、撮影されることそのものが嬉しいのだろうか?日本人にはよくわからない感覚だ(-_-;)

ベルガマ


子供達に求められるまま写真を撮っていたら、いつの間にか周りを囲まれてしまった。そして、彼らが口にする言葉は「Photo!」ではなく、「Money!Money!」に変わっていたのには面食らった。
子供達に周りを囲まれたまま辺りを見回すと、前方にモスクがあった。あそこならば誰か大人がいるだろうと思って歩を進めると、子供達は「Money!Money!」という声を潜め、Myrthaとポエ爺を囲んだままモスクまでついてきた。
そして、「写真をくれ!」と言い出したのには少々困った。というのも、子供達に送り先を聞いても住所を知っているのか疑問だったからだ。

ベルガマ


モスクの敷地内で大人の姿を確認すると彼らに事情を話し、モスクの住所を紙に書いてもらい、子供達に後日写真を送ると約束をした。喜んでくれるのはよいが、一向に立ち去る気配のない子供達・・・
こちらもそろそろ子供達と別れて自由に街中を逍遙したいのでモスクを後にした。すると、後をついてくる子供達。そして再び「Money!Money!」の声・・・

とりあえず大人がいれば「Money!Money!」とは言わないらしいと察したMyrthaはポエ爺に大人のいるところへ行こうと提案し、引き続き町中をふらふらと歩き続ける。数分ほど歩いた頃、大人達の集まる一角を見かけたのでそちらへ向かった。なおもついてくる子供達。店の入口付近のイスに腰掛ける老人に「どうしたね?」と言うようなことを聞かれたので、子供達を指さすと、「まぁ、入りなされ」とばかりに店内に招き入れられた。

ベルガマ・チャイ・ハネ


Myrthaとポエ爺が店の中に入ると子供達もそれに続こうとしたが、店の入口付近にいる大人達に追い払われてしまった。どうやらこのような大人の集う店に子供は入れないという暗黙のルールがあるらしい。平然と子供を入れる日本の居酒屋とは大違いだ。
子供達が立ち去った後、ご老人が店員にひと言二言何かをいうと、3人分のチャイが出てきた。勧められるままにチャイを口にしているとご老人がゆったりと口を開いた。
「お二人さん、どこから来なすったね?」
「Japon」
感心したように何度もうなずくご老人。以下、トルコ語のみのご老人の話をMyrthaは見当すらつけられず、会話は全てポエ爺に任せてしまった。Myrthaのやったことといえば、大人しくそしてにこやかにチャイをすすることと、たまたま持っていた紙を正方形に切って鶴を折ってご老人を驚かせたことと、一緒に写真撮影をしたことくらいだ。
「国に帰ったら、写真を送ってくれまいか?」とのご老人の申し出に快諾し、送り先を紙に書いてもらおうとしたところ、ご老人は若者に代筆してもらっていた。文盲ということか・・・?
それにしてもご老人よ。Myrthaはポエ爺の「マダム」ではありませんゾ。。。

重ね重ねの礼を言い、ご老人と別れた後、狐につままれたような心境のMyrthaはポエ爺にこの不思議な出来事について話してもらったところ、ポエ爺がいうには「子供といい、老人といい、一昔前のトルコそのものの貴重な体験をしたね」とのことであった。EU加盟を目指す国の子供達が、戦後まもなくの日本の子供達が進駐軍にチョコレートをねだるが如くに「Money!Money!」と観光客に小金をねだっている   EU加盟は国民の幸せにつながるのだろうかと首をかしげるMyrthaであった。

不思議な老人と子供達のいたベルガマ市の中でもダウンタウンにあたる場所を離れて途中にあったスーパーマーケットに寄り、ヨーグルトやチーズ、アイランなどの食品類を買ってGOBIペンションに戻った。よく冷えたアイランを飲みつつ、やはりあのご老人は不思議だったと思うMyrthaであった。


※トルコ旅行ひとくちメモ
日本では甘いデザートであるヨーグルトだが、トルコでは甘いヨーグルトはまったくと言ってよいほど見かけない。遊牧民がルーツのトルコ人にとっては家畜の乳から作られたヨーグルトはメインの肉料理にかけたり、調味料として使う貴重な蛋白源の一つであるという。また、アイラン(Ayran)という塩味のヨーグルト・ドリンクもあり、これはロカンタや食品店でも売られているので一度は飲んでみたい飲み物だ。作り方はいたって簡単で、ヨーグルトと水を1:1の割合でボウルに入れ、塩をひとつまみかふたつまみほど入れて泡立て器でよくかき混ぜれば完成だ(ミキサーでの攪拌も可)。汗をかく夏場はミネラルが不足しがちになるので塩味はとても美味しく感じられるが、二日酔いの時の飲み物としても良いと思うのは私だけだろうか?(賛同者ヲ求ムw)
余談だがトルコ人は「ヨーグルトはトルコが発祥」だと思っており、家庭によっては秘伝の菌種もあったりして日本でいう味噌や醤油のような存在とも言えそうだ。

コメント

>顔は羊や馬のようであるが、身体は蛇や龍のように細長い。このかわいらしい浮彫は当時の伝説上の生き物だったのであろうか?

なんだかカプリコン(やぎ座のやぎ)の姿に似てますね。星ヲタとして興味深いです。

>かま猫さん

さっくりとググってみたのですが、カプリコンというのは上半身が山羊で
下半身は細い蛇や魚のようになっているようですね。
てっきり「雲間から現れた山羊」だとばかり思っていたのです。。。お恥ずかしい^^;
こうしてみると、やはり西洋占星術はこのあたりが発祥なのでしょうかね?

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