論語の素読始め

1月中にUpしようとして出来ず、その後うち捨ててしまったが、湯島聖堂の紹介を兼ねて書いてみよう。

さて、Myrthaの一年は湯島聖堂の参拝ではなく、毎年行われる「論語素読始め」で始まる。
素読とは、江戸時代に盛んに行われた学習法の一つで、内容の理解は二の次にして、文字を声に出して読んで覚える初学者向け学習方法をいう。

湯島聖堂はJR御茶ノ水駅のホームから見えるほど近くにある。


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湯島聖堂内の立て札によると、

寛永9年(1632)に尾張藩主徳川義直 林羅山に上野忍ヶ丘に先聖殿を造営せしめしに始まる。その回禄(火災)の災いに罹るや、元禄3年(1690)、將軍綱吉 之れを今の地に移して大成殿と称せり。後、寛政11年(1799)大成殿及び杏壇・入德・仰高諸門を再建し、明治維新の際、大学を此地に置くに及び、一旦孔子以下の諸像を撤去せしも、後、舊に復せり。
建造物は暫くは東京博物館の一部に充てたりしが、大正12年(1923)9月1日、関東大震災の為、入德門・水屋等を除くの外、悉く焼亡せしを昭和10年(1935)4月4日、鉄筋混凝立(コンクリート)構造に依りて原型に復せり。

とある。隨分と古文調な文章だと思いきや、書かれたのは「昭和11年3月」とある。戦前では、それはそうなりますわナ。。。

湯島聖堂入口にある文化講座の紹介看板。
論語や荘子、十八史略、江戸漢学、日本外史、太極拳や中国古典音楽などが紹介されている。
なお、一番の人気は漢詩作法(かんしさくほう,「さくほう」は「作る方法」の意、「さほう」はマナーの意)だそうな。

湯島聖堂


看板橫の入口を入ると左奥に斯文会館(しぶんかいかん)がある。

湯島聖堂


斯文会館ではさまざまな文化講座を受講出来るが、かつては伏見宮博恭王殿下の住居であったという。
その為か中は天上が高く、なかなか古風で洒落た作りになっている。
斯文とは論語の中にある孔子が匡(きょう)の地で災難にあった時に言った「天の將(まさ)に斯(こ)の文を喪ぼさんとするや、後に死する者は斯の文に與(くみ)せざるなり。天の未(いま)だ斯の文を喪ぼさんとするや云云」からの命名であろうか。
孔子の言った「斯文」とは、理想とした周の礼楽(れいがく)制度のことであるが、斯文会館の「斯文」とは、礼楽制度のことなのか、漢学のことなのか、はてな?

湯島聖堂


仰高門。
論語の中で弟子の顏淵が孔子の事を「之れを仰げば彌(いよ)いよ高く、之れを鑽(き)れば彌いよ堅し」と言ったが、これによる命名だろうか。

湯島聖堂


孔子像。
唐の呉道子の筆による孔子画像を元に台湾師範大学の教授が作った物で、高さ4.5メートル、重量3トンの世界最大の孔子像であるという。孔子像は一般に片手の平にもう片方の手の甲を重ねたポーズのものが多いが、ここの像は両方の手の平を合わせた所謂「もみ手」のポーズをとっている。何かいわれがあるのだろうか?

湯島聖堂


楷の木。
楷書はこの楷の木のように角張った書法であることから命名されたそうな。
この辺りは日光が木々に遮られているので、昼間でも暗い写真になってしまった。。。

湯島聖堂


石畳の通路と石段を登っていくと   .

湯島聖堂


総漆塗りの入德門がある。

湯島聖堂


入徳門をくぐって左手にあるのは、伏見宮博恭王殿下お手ずからお植えになったという梅。

湯島聖堂


中央の石段を上っていくと   .

湯島聖堂


杏壇がある。
杏壇は、孔子が学問を講じた壇のまわりに杏(あんず)の木があったという故事により、学問をするところを指すようになったという。

湯島聖堂


杏壇の奥にあるのが大成殿。
「大成できますように」としっかり願掛けをしようw

湯島聖堂


大成殿内中央には孔子像が安置され、

湯島聖堂


その周囲には屋根瓦に乗せられていた魔除けの像や、

湯島聖堂


これも魔除けの一種かな?

湯島聖堂


昌平坂学問所で代々大学頭を務めた林家の家系図パネルや

湯島聖堂


孟子や曾子のブロンズ像(その他に顔回や子思の像もある)や

湯島聖堂


周敦頤(しゅうとんい)や邵雍(しょうよう)、張栻(ちょうしょく)などの宋代の儒学者の肖像画(これは朱子像)や、

湯島聖堂


孔子の十大弟子といわれる「孔門の十哲」の位牌や、

湯島聖堂


四配といわれる顔回と子思の位牌(西には孟子と曾子がある)が安置されている。

湯島聖堂


また、殿内の一角にはお土産屋さんが設けられており、合格祈願の鉛筆や書籍などが売られている。
書籍は斯文会から出版されたものが多く、コムツカシイと感じられる漢文をその道の大家が平易に解説している内容のものが多いので、一読してみるのもよいだろう。

湯島聖堂


大成殿外の一角に「論語素読始会場」が設けられており、ここで素読が行われる。
素読に使われるテキストはここに置かれているので、論語を持っていない人でも安心だ。

湯島聖堂


この写真は素読終了後のものなので、人がまばらに椅子に腰掛けている程度だが、開催時には人で埋め尽くされるのだ。最近は小学生らしい子供も参加しているので、少々驚いた。

湯島聖堂


素読はまず、湯島聖堂の管理団体である斯文会の理事長石川忠久氏の挨拶から始まり、その後、宇野茂彦氏の朗読及び若干の解説後に皆で唱和する。宇野茂彦氏は宇野哲人氏の孫、宇野精一氏の子に当たる方だ。ということは、宇野直人氏とは従兄弟同士という関係になるのか。。。

今年は「子路(しろ)篇」が行われた。この篇は、孔子と弟子達の政治についての問答を中心に収録されている。子路は孔門の十哲の一人であり、中島敦の小説「弟子」に登場する人物でもある。初めはやくざ者で、勇を好んで正義感が強く、直情径行であったという子路が、孔子の門人となって学問に励んだというのは興味深い。

素読が終わり、ふと、大成殿の方を見てみると、参拝者で長蛇の列が出来ている。
聖堂の後方に神田明神があるので、そこから流れて来た人々だろうか?

湯島聖堂


素読終了後、神田明神に足を運んでみると、鳥居の中も外も参拝者でごった返していた。
流石は江戸総鎮守だけのことはある。
こんな日に参拝しても神様は私に気づくヒマも無かろうと思い、後日改めて参拝に来ることとして、その場を後にした。

神田明神


御茶ノ水駅近くの聖橋から水道橋方面を遠望。

御茶ノ水



湯島聖堂のサイトはこちらから
論語の素読始めは毎年元日に11:00と12:30の二度にわたって行われる。
来年は「憲問(けんもん)篇」が行われるだろう。

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